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子どもたちと伊座利で見つけた小さな花     いけるん食物アレルギー−山村留学小学校探し

 !注意!(最初にお読み下さい)
「ふー」の命を守りつつ、小学校にいくにはどうすればいいか?
主治医や、大学病院で負荷試験に立ち会ってくださった医師の診断書を持参して、
小学校と相談してみることにしました。

心強いことに、「ふー」がアレルギーであることを
最初に6ヶ月のときに診断してくださり、普段の風邪などの病気や
おたふくかぜや、予防接種、と、小さい頃から見守っていてくださっていた小児科医が
その小学校の校医となるそうでした。安心です。
校長先生、養護の先生と、その校医さん、時間をとって話を聞いて下さいました。

結果からいうと、対策委員会のようなものまで作って下さって、
いろいろ検討してくれたのですが、不安が残りました。

多人数の入学したての1年生に給食を食べさせるのはとても大変。
担任1人で多人数を見る。
じんましんがでても、なかなか気づいてあげられない。

ということは、「ふー」が血圧低下や嘔吐で気持ち悪くなって、
トイレにいって戻して、そのまま、倒れていても、すぐには気づいてもらえない。
「ふー」は5分10分で症状がでて、急激に悪化するから、
気づいてもらえないと、手当てが間に合わない。

アナフィラキシー起こしたら、救急車は呼ぶが、
教師は医療行為や投薬はできないそうです。
何もできずに救急隊員を待つことになる。
命の危険があるように思いました。

何よりまず、口に入れないように注意してはもらえないだろうか?
もし、何か変化があったら、すぐに気づいてうちに連絡してもらえないだろうか?
でも、多人数を1人の担任で見る、今の体制だと、そんな対応を期待できない。
じゃ、注意してもらえるには?気づいてもらえるには?

そうだ!少人数の学校はどうだろう!
「ふー」のためにも「めい」のためにもいいんじゃないかしらん?
こうして、少人数の学校探しがはじまりました。

まず、京都の近辺から。京都市は、北区右京区左京区などが奥深い。
山間部の学校の状況、受け入れ態勢、人数、給食は自校式かセンター方式か?
京都市から滋賀県の山間部の情報を探して、今までの仕事を継続できるところで
何とかないものか探しましたが、京都市内に仕事に通える範囲内ではありません。
小学校はあるのですが、住居がありませんでした。

仕事よりも、子どもの命の方が大事です。
京都市内で仕事することをあきらめて、
小学校探し、住居探し、仕事探し、の3点ができるだけ揃うところ、
地域にとけこんで生きられそうなところ、と、インターネットで全国を探しました。
「山村留学」というものがあって、各地で受け入れていることを知り、
山村留学説明会に行ったり、メールやFAXであちこちに問い合わせました。

うちの場合は健康面の不安があるので、親がついていかないと、だめです。
また、家族がバラバラにならないですむ方法をとりたかったので、
里親制度や寮制度ではなく、家族留学できるところ、移住できるところ、に
しぼって、探しました。

なかには、「ひとりに特別なことはできない」と、断られることもありましたが、
各地から心のこもったご丁寧なお返事も頂戴し、勇気づけられ、うれしかったです。
住居と仕事の問題がネックになり、最終的には、
北海道で3校、和歌山で2校、徳島で1校が残りました。
このうち、北海道は「遠すぎる」との祖父母の反対や、
見学費用・寒冷地対策費用・引越し費用が増大しそうなことから、
断念せざるを得ませんでした。
残った3校を見学することにし、まず、徳島の伊座利校にやってきました。

ここは、目からウロコ、カルチャーショック、なんというか、すごいところでした。
学校の子どもたちも先生も生き生きし、
疲れきった目をした子も先生もいませんでした。
地域の方たちも熱心に話に耳をかたむけてくれました。
まるごと受け止めて、地域の問題として考えようとしてくれているのを感じました。
ここだったら、移住したい。学校に通わせたい、と思いました。
地域と学校がつながっている感じがしました。
そして、みんな、子どもが大好きなんだ、と。

子どもたちは、帰りの伊座利峠へ上る山道で、車中ずうっと、
「ここにする、いざりにくる!」と叫んでいました。

こうして、伊座利に移住することになりました。
まだまだ、住居の問題、仕事の問題があるけれど、大丈夫、
ここならなんとかなる、不思議だけど、そんな確信が生まれていました。

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